第67回定期演奏会 曲目解説
スッペ / 喜歌劇「軽騎兵」序曲
19世紀後半、ウィーンではオペレッタがとてもはやっていた。オペラが国家や王侯などの補助を受けて存続してきたのに対し、オペレッタは民衆の支持によって成り立っていた大衆的なもので、「喜歌劇」と訳されている。
ウィーン・オペレッタの創始者と言われるフランツ・フォン・スッペ(1819-1895)は、その作品が喜劇の付随音楽や民話劇、祝祭劇から大活劇まで含めると、180以上ともいわれている。また、喜歌劇も30曲余り作曲していて、そのうちの一つが「軽騎兵」である。
喜歌劇「軽騎兵」の台本はウィーンの詩人カール・コスタによるもので、初演は1866年3月21日である。当時は成功した作品であったが、今日ではもっぱらこの序曲だけが演奏される。
曲の冒頭は勇ましい軽騎兵を暗示するトランペットとホルンのメロディーから始まる。前奏が終わると、軽騎兵のギャロップ風の行進が始まり、その後有名な馬蹄の音の模写が加わって次第に速くなり騎馬の進軍の様子を演奏する。その後、弦楽器が非歌風の旋律を演奏する。そしてまた最初の行進曲が力強く演奏されて終わる。
楽器編成:フルート、ピッコロ、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、スネアドラム、バスドラム、シンバル、弦五部
参考文献:村田武雄「喜歌劇『軽騎兵』序曲」、『最新名曲解説全集第4巻』音楽之友社1988年所収。佐藤寛「喜歌劇〈軽騎兵〉序曲」解説、日本楽譜出版社ミニチュアスコア1971年所収。
文責:コンサートミストレス
ヴァイオリン3年 加藤真琴
チャイコフスキー / 組曲「白鳥の湖」より、第1曲「情景」、第2曲「ワルツ」、第3曲「白鳥たちの踊り(4羽の白鳥の踊り)」、第5曲「チャールダーシュ;ハンガリーの踊り」、第9曲「終幕の情景」
チャイコフスキーの時代においては、オペラを作曲することは作曲家にとって誇れる仕事であったが、バレエを作曲することはそうではなかった。というのも、当時のバレエ音楽は舞踊に奉仕する消耗品のようなものと考えられていて、明確なリズムと聴きやすい旋律などの心地よく踊ることができるような要素のみが求められた。つまり、バレエ音楽は職人作曲家の仕事であり、芸術を志す作曲家の仕事とは考えられていなかった。しかし、チャイコフスキーはその慣習を破り、「バレエ音楽は交響曲と同じである」と述べ、オペラや交響曲を作曲するのと同じモチベーションでバレエ音楽の作曲をした。
しかし、この曲が作曲された当時はこの作品はあまり評価されなかった。それは、当時はただ女性バレリーナの曲線美や優雅なポーズを生かす振り付けのために音楽が添えられていたのであり、観客も批評家もそうしたことに慣れていたが、チャイコフスキーが作曲したこの曲は、当時の観客にとって難解なものに感じられたからと考えられている。しかしチャイコフスキー自身は、このバレエの不人気は自分の曲のせいだと考え、二度とバレエは作曲するまいと思い、次作の「眠れる森の美女」を作曲するまでには、十数年空くことになった。しかしチャイコフスキーが1893年にコレラで急逝した後、有名な振付師マリウス・プティバが総譜を取り寄せて検討し、その内容の高さに気づき、このバレエをチャイコフスキーの追悼公演で上演するよう進言した。これをきっかけに1895年には全幕が演じられ、たいへんな成功を収めた。
【ストーリー】
城の跡継ぎであるジークフリート王子の成年を祝って王子の友達が集まる中、王子の母である王妃が王子に向かって明日婚約者を選ぶ舞踏会を開催することを伝え、しぶしぶ王子は承諾する。王子はまだ愛を知らないため明日の舞踏会に対して期待と不安に襲われる。
月光に照らされた湖面を白鳥が泳いでいるところを王子が見つけ弓を構えると、白鳥が王冠を付けた娘の姿に変わるという不思議な光景を目にして王子はあまりの美しさに心酔する。その娘は自分が王女オデットで悪魔のロットバルトに魔法をかけられたことによって白鳥にされてしまったことを王子に伝える。そして、その呪いは夜の間のみ湖畔で人間に戻ることが許されているが、それを悪魔ロットバルトがフクロウに変身して監視していて、この呪いを解くためには今まで誰とも愛の誓いを交わしたことがなく自分のことを心から愛してくれる人が現れる必要があることを告げる。
すると王子は王女オデットを呪いから解くことを心に誓う。王子はオデットに永遠の愛を誓い、オデットも王子が自分たちを救ってくれると信じて舞踏会での再会を約束する。
そして王子の花嫁を選ぶ舞踏会が始まり、王妃がどの娘が気に入ったか聞くが王子はオデットのことしか頭になく王妃の言葉も聞こえない状態だった。そんな中、黒鳥の騎士に変身したロットバルトが娘のオディールを連れてくる。オディールはオデットにとても似ているのである。王子はオディールを婚約者に選ぶと王妃に告げると、ロットバルトによって王子にオディールに永遠の愛を誓わせられてしまう。王子がオディールに誓いのキスをした瞬間にロットバルトは悪魔の本性を現し、王子は窓辺にいるオデットを見つける。
白鳥の子たちは自分たちの呪いが解けるかどうかという運命がかかっているオデットの帰りを待つが、帰ってきたオデットは涙に溢れ絶望している。白鳥たちは永遠に呪いが解けない運命を嘆くオデットを慰める。王子はオデットに自分の意思の弱さをわび、オデットも王子を許す。オデットと王子は押し寄せる波にのまれて湖に沈む。そして2人の死を越えた愛によって悪魔を征服して、2人の魂が白鳥たちに見守られて天に召される。
【各曲について】
第1曲 「情景」
今回最初に演奏するオーボエから始まるメロディーは夕空を白鳥が舞っている姿を演奏している。この曲を最初に中田先生にご指導いただいたときに、弦楽器の伴奏のトレモロがガサガサしている演奏は良くない、といわれ、オーボエの旋律を導くようにエレガントな演奏を心がけた。
第2曲 「ワルツ」
バレエでは娘たちが華やかな舞踏を楽しむ場面である。3拍子でずっと回れるような演奏を心がけた。
第3曲 「白鳥たちの踊り(4羽の白鳥の踊り)」
バレエで4羽の白鳥が手を繋いで楽しそうに踊るシーンがとても有名である。オーボエが白鳥の鳴き声を真似したようなメロディーを演奏する。冒頭でオーボエの伴奏をしているチェロのピッツィカートが私にはとても心地よい。
第5曲 「チャールダーシュ;ハンガリーの踊り」
民族舞踊の特徴的なリズムを取り入れたテーマが繰り返し出てくる。この曲は演奏していてとてもテンションが上がる。
第9曲 「終幕の情景」
オデットが絶望の中、白鳥たちの元に帰るシーン。その後弦楽器によるのびのびとした旋律ではオデットを他の白鳥たちが慰め、最後の壮大なメロディーは悲しみに暮れているオデットの元に王子が登場するシーンを演奏する。最初の1st Vn.と2nd Vn.の掛け合いは難しくとても苦労した。
楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット 2、 ホルン4、コルネット2 、トランペット2、トロンボーン2、 バス・トロンボーン、チューバ、ティンパニ、スネアドラム、バスドラム、シンバル、トライアングル、ハープ、 弦五部
参考文献:小倉重夫「バレエ音楽『白鳥の湖』作品20」、『最新名曲解説全集第5巻』音楽之友社1988年所収。森田稔「永遠の『白鳥の湖』チャイコフスキーとバレエ音楽」新書館1999年。 藤原順「バレエ組曲《白鳥の湖》作品20から抜粋10曲」全音楽譜出版社ミニチュアスコア2019年所収。
文責:コンサートミストレス
ヴァイオリン3年 加藤真琴
メンデルスゾーン/ 交響曲第2番「讃歌」
“私は、芸術をあたえ、おくられた主への奉仕のなかで、あらゆる芸術を、とくに音楽をみたいのだ”
フェリックス・メンデルスゾーンは、生涯で5つの番号付き交響曲を作曲した(また十二の「弦楽のための」交響曲も作曲している)。今回演奏する第2交響曲は、三人の独唱者と混声合唱を伴った交響カンタータである。約60分を超える大作は、メンデルスゾーン自身がこうした形態の曲を完成しようと初めから思っていたのではなく、器楽用交響曲の構想とカンタータ風の構想とがひとつになって出来上がったものである。
1840年6月、活版印刷の発明者であるグーテンベルクの記念祭がライプツィヒで開催されたのをうけ、メンデルスゾーンが作曲した一つがこの「讃歌」である。初演はメンデルスゾーン自身の指揮で行われたがそれ以外にも、自身の指揮で演奏された記録があり、様々な人物とのつながりが指摘されている。そのうちの1人がザクセン王フリードリヒ・アウグスト2世である。楽譜がザクテン王に捧げられるほど、ザクセン王自身の希望があったものである。9月にはバーミンガムの音楽祭でもメンデルスゾーン指揮で演奏されており、メンデルスゾーンの創作性に富んだ新鮮な交響曲は、評価を高めていった。
冒頭に記した言葉は、この曲の総譜に、メンデルスゾーンが作品のモットーとして記した、マルティン・ルターの言葉である。中間部から巧みに導入されるテーマ
” alles, was Odem hat, lobe den Herrn…” 息づくものはすべて、主をたたえよ
からも、メンデルスゾーン自身がこの曲に込めている思いは自明である。当時キリストの文明が栄える中、メンデルスゾーンの家族はプロテスタントへの改宗が遅かった。が、自身は讃美歌やバッハの作品に精通しており、新教的な教養で自己を形成し、創造性に富んでいるからこその奥行きのある芸術を創り上げたのである。また、メンデルスゾーン自身の創造性には「霊感」が関係しているともいわれている。霊感は芸術家が夢想した作品を創造するときに訪れるのはまれである。
一見すると関係ない要素にも思えるのだが、私にとっては、中田先生の指揮で演奏をしている時や、自身が全奏で練習指揮を振っている時などを通して、メンデルスゾーンはこの気まぐれに訪れる音楽感覚があるからこそ、ドイツ的である中にもその本質に堅苦しい側面、柔らかい側面が見られるなど、豊かな気質のもと描かれた世界が、主への称賛、喜び、といったものを心ゆくまで考えさせられるような、満たされる音楽を創り出しているのかもしれないと、練習のころより考えさせられるものであった。
【第1部】 No.1 シンフォニア
第1楽章:壮大な交響カンタータの出だしは3本のトロンボーンによる全体主題がおごそかに≪Maestoso con moto≫のテンポにのって奏される。曲全体として何度も繰り返されるこの主題は、次第に編成を大きくし、曲は≪Allegro≫へと入る。Vn.による快活な第2主題のもと、明るく輝かしい調子で進み、終盤に短く序奏の回想があったのちに、クラリネットがカデンツァを奏で、切れ目なく次の楽章へと移行する。
第2楽章:≪Allegro un poco agitato≫で始まるこの楽章は3部形式のスケルツォに該当する。はじめにVn. やVc. が奏でる旋律は非常に優雅でありながらどこか哀しさをもつような、自由発生的な旋律である。中間部では木管楽器が主体となって大きなコラールのような旋律と、それに応答する弦楽器という構図が示される。その後変則的な短い第3部が出てきたのち、弦楽器のピッティカートによる結尾とともに曲は第3楽章へと入る。
第3楽章:全体として緩徐楽章のような描かれ方となっており、≪Adagio religioso≫のテンポで全体がゆっくりと、しかし第2部への伏線と思わせるかのような形で進んでいく。メンデルスゾーンが残した5つの交響曲のうち第3番として有名な「スコットランド」交響曲に近い緩徐楽章である。
【第2部】 カンタータ
No.2:≪Allegro moderato maestoso≫で始まる冒頭、弦楽器が奏でる細かなリズムの上に、全体の主題が管楽器によって再現される。その後合唱によるテーマ
” alles, was Odem hat, lobe den Herrn…” 息づくものはすべて、主をたたえよ
が基本主題として高らかに歌い上げられる。速度を≪Allegro di molto≫へとはやめ、さらに特性的な魅力を増しつつ、
堅琴の調べで主をたたえよ、汝らの歌で主をたたえよ!
と歌い上げる。速度を≪Molto piu moderato ma con fuoco≫へと緩め、ソプラノ独唱と女性による美しいメロディーが奏でられる。
No.3:テノール独唱による叙唱とアリアである。流れるように進む曲調の中に聞こえるテノール独唱の哀しいメロディと、それに呼応するかのような弦楽器の細やかなピッティカートなどに注目いただきたい。曲調が変化するタイミングで独唱が歌う、
主は苦しい時に私たちの涙を数えてくださる
という歌詞が印象的である。
No.4:No.3 を受け継ぐかのような形で進むこの曲は、チェロの動きに注目いただきたい。≪A tempo moderato≫のもと、流れる連符が曲を前向きに進める一方、歌詞内容はNo.3 とほぼ同じであり、No.3 と呼応するかのように主が私たちに差し伸べる救済を歌い上げる。
No.5:ソプラノ二重唱と合唱による。滑らかな旋律とホルンソロの掛け合いが魅力のこの曲は、交響曲第3番「ライン」などで知られる作曲家シューマンを強く感動させた曲として知られている。≪Andante≫の速度で歌い上げられるこの曲は、
主が私に好意をもち、懇願を聞き入れなさった
という形で、主への感謝が歌い上げられる。
No.6:テノール独唱とソプラノ叙唱。≪Allegro un poco agitato≫で始まり、ハ短調の調性のもと劇的な迫力が押し迫ってくる。後半、≪Allegro assai agitato≫へと変化し、すさまじい嵐のようなサウンドとともに、鬼気迫る歌が聞こえてくる。
地獄の恐怖が私たちを襲った、闇をさまよった
恐怖の夜が過ぎ去るのを願っているのである。その後、ソプラノが
夜は過ぎ去った
とひとこと告げ、曲は進む。
No.7:≪Allegro maestoso e molto vivace≫の速度で、夜明けの喜びが高らかに歌い上げられる。主がもたらした救済に感謝し、夜明けを祝う喜びである。
闇の行いを脱ぎ捨て、光の武具を身につけよう、光の武器を手に取ろう
No.8:2部構成的に書かれたコラールである。前半は合唱。≪Andante com noto≫にはじまり、神への感謝をのびのびとおおらかに歌う。八声部無伴奏による壮麗なサウンドに注目いただきたい。後半は≪Un poco piu animato≫へと速度をあげ、弦と木管が彩りを加えながら神への賞賛を歌い上げる。
いまこそ皆、神に感謝せよ、心と口と手でもって。
No.9:ソプラノ、テノールによる二重唱。弦楽器がそれらをうまくとりまとめる。≪Andante sostenuto assai≫の速度であり、ト短調、また抒情性を取り戻したような音楽である。
だからわたしは私の歌で、永遠にあなたの賞賛を歌うのです、真なる神よ!
No.10:≪Allegro non troppo≫で始まる終曲は、曲が進むにつれ≪Piu vivace≫、≪Maestoso≫の順に感動的な気持ちの高ぶりと神への感謝を称えた壮大な頂点を築く。充実した曲調の中には、弦、木管、金管が一つに重なっていく様が見て取れ、非常に豊かなサウンドとともにクライマックスを迎える。≪Piu vivace≫クライマックスにさしかかるあたりでホルン、トランペットが奏でるファンファーレのようなサウンドは、曲に豊かさと神への感謝をプラスしているようなおおきなものである。≪Maestoso≫では前述した基本主題、
” alles, was Odem hat, lobe den Herrn…” 息づくものはすべて、主をたたえよ
が浮かびあがり、壮大な交響カンタータは幕を閉じる。
楽器構成:ソプラノ独唱2、テノール独唱、混声合唱、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部
参考:『最新名曲解説全集第1巻、交響曲Ⅰ』(音楽之友社、1979年)、レミ・ジャゴブ、作田清訳『メンデルスゾーン~知られざる生涯と作品の秘密~』(株式会社作品社、2014年)、山下剛『もう一人のメンデルスゾーン~ファニー・メンデルスゾーン=ヘンデルの生涯』(未知谷、2006年)
文責:楽事委員長
チェロ3年 伊藤光祐
歌詞試訳協力:加藤耕義(輔仁会音楽部大学部長)