第68回定期演奏会 曲目解説
ワーグナー / リエンツィ序曲
歌劇『リエンツィ、最後の護民官』はリエンツィがローマの腐敗した貴族に対抗し、民衆の支持を得て護民官として権力を握るところから始まる。しかし、彼の改革は次第に反発を招き、最終的には民衆に裏切られ、命を落とすという悲劇的な結末を迎える。
この序曲は、リヒャルト・ワーグナーの初期の作品の一つであり、オペラ全体のテーマを凝縮したもので、それを随所に聴くことが出来る。
まずは導入のトランペットである。これはリエンツィが貴族の暴政に対して反乱を呼びかける民衆への合図である。そして弦楽器から管楽器へ次第に移るメロディーは、リエンツィの祈りの歌である。これは第五幕で悲劇を迎える直前での神への祈りであった。次第に力強さを増していき、行進曲風になる。音楽は一気に壮大なクライマックスへと向かう。この部分では、リエンツィが民衆を鼓舞し、ローマの腐敗した貴族に立ち向かう姿が描かれる。特に金管楽器の力強い音色が、彼の決意と勇気を強調している。
中間部では、再び静かなメロディが戻り、リエンツィの内省的な一面が描かれる。ここではリエンツィに反旗を翻した貴族たが、彼に赦しを得た第二幕を象徴しているのだろうか。しかし、この寛大さが後にリエンツィに悲劇をもたらすのであった。
トランペットの合図が再び鳴り響き、音楽は再び盛り上がり行進曲風に戻る。ここではリエンツィの最期の戦いと、彼の護民官としての力強い正義が描かれる。フィナーレではシナリオとは裏腹に、リエンツィの勝利の凱旋をもって幕が降ろされる。リエンツィの理想と現実との対比が、この序曲に深みを与えている名曲である。
【楽器編成】
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、セルパン、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、オフィクレイド、ティンパニ、小太鼓、中太鼓、バスドラム、シンバル、トライアングル、弦五部
【参考文献】
音楽之友社編『作曲家別名曲解説ライブラリー「ワーグナー」』(1992年、音楽之友社)、「リエンツィ、最後の護民官wwv49」三光長治/高辻知義/三宅幸男 監修『ワーグナー辞典』(2002年、東京書籍)
楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、セルパン、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、オフィクレイド、ティンパニ、小太鼓、中太鼓、バスドラム、シンバル、トライアングル、弦五部
参考文献:音楽之友社編『作曲家別名曲解説ライブラリー「ワーグナー」』(1992年、音楽之友社)、「リエンツィ、最後の護民官wwv49」三光長治/高辻知義/三宅幸男 監修『ワーグナー辞典』(2002年、東京書籍)
解説:楽事委員⻑ 千葉雄仁
ブルックナー / テ・デウム
Ⅰ. Te Deum Laudamus “神であるあなたをたたえます”
Ⅱ. Te ergo quaesumus “それゆえ、私たちはあなたに願います”
Ⅲ. Aeterna fac cum Sanctis “永遠に聖人たちとともに”
Ⅳ. Salvum fac populum tuum “あなたの民をお救いください”
Ⅴ. In te, Domine,speravi “主よ、あなたに望みます”
アントン・ブルックナー(1824-1896)は、オーストリアの作曲家で、特に交響曲で知られている。アントン・ブックナーは1824年9月4日、オーストリアのアンスフェルデンで生まれた。2024年は彼の生誕からちょうど200年のメモリアルイヤーである。彼の父親は学校の教師兼オルガン奏者であり、ブルックナーは幼少期から音楽に親しんで育った12歳の時に父親が亡くなり、ブルックナーは聖フローリアン修道院の聖歌隊に入団。ここでオルガンや声楽の教育を受け、音楽の基礎を築いた。ブルックナーは若い頃から教会のオルガン奏者や助教師として働いた。交響曲を作曲するころには、ウィーン音楽院教授(1868-91)、ウィーン大学講師(1875-94)などを歴任。91年にはウィーン大学より名誉博士号を授与された。84年の「第7交響曲」初演では大成功をおさめ、交響曲の作曲家として徐々に名声を高めていった。「テ・デウム」が作曲されたのもちょうどこのころである。彼の音楽はオルガンのように壮大で荘厳な響きを持ち、後期ロマン派音楽の重要な一翼を担った。ブルックナーは敬虔なカトリック教徒であり、その信仰は彼の宗教音楽にも反映されている。オルガニストとしても優れた才能を持っていたブルックナーは、ワーグナーの影響を受けつつもオルガンのような響きを基調として、大規模な管弦楽を得意としており、特に交響曲第4番「ロマンティック」や交響曲第7番、第8番、第9番が知られている。なお、今回演奏するのはオーケストラがCampo版、合唱がPeters版である。
Ⅰ. Te Deum Laudamus “神であるあなたをたたえます”
冒頭はハ⻑調の強奏で始まる。2⼩節の前奏のあと合唱と⾦管楽器が歌い始める。
- Te Deum laudamus, te Dominum confitemur.
(すべてのものの主、神よ、あなたを たたえて歌う)
弦楽器はC-G-G-Cを繰り返す中、⾦管楽器以外の楽器はC とGを⻑い⾳形で奏でる。3度のEが奏でられないため、ハ⻑調ながらも独特の響きをもって曲は開始されるのである。主題が⽰された後すぐにディミヌエンドし、ソプラノ・アルト・テノールの3⼈の独唱が歌い始める。「神の使い、⼒ある もの、ケルビムもセラフィムも絶えることなく⾼らかに賛美の声をあげる」と交互に歌う。「聖なるかな(Sanctus)」と3回歌われたあと、再び強奏となり「あなたの⼤いなる栄光は天と地にみちている」と最強奏で歌われる。そして⼀度、曲は落ち着きをみせる。ティンパニによるG⾳のなかに「あなたは死の棘にうち勝たれました、あなたは信ずる者たちのために天の国を開かれました」と続く。ティンパニによる急激なクレッシェンドの後に強奏となる。最後は合唱だけによるフェルマータを経て全休⽌となり、第2楽章に続く。
Ⅱ. Te ergo quaesumus “それゆえ、私たちはあなたに願います”
独唱によってのみ歌われる。「それゆえ我らはあなたに願います。助けに来てください。あなたが貫き⾎潮によって贖われた、あなたの下僕たちを」このように、祈るように歌われる。途中でヴァイオリンによって添えられるメロディーは天使のささやきだろうか。そしてトロンボーンとチューバの和⾳によって静かに閉じられる。
Ⅲ. Aeterna fac cum Sanctis “永遠に聖人たちとともに”
ニ短調のffによって激しく開始される。「彼らが聖人たちと共に永遠に~させよ(Aeterna fac cum sanctis tuis)」とクライマックスまで繰り返しされたあと、管弦楽の下降するメロディーの伴奏を伴って「栄光のうちに数え入れられる(in gloria numerari)」と歌われる。そして畳かけるように次々と「栄光のうちに(in gloria)」と呼びかける姿はまさに嘆願するようである。一瞬、女声を中心として微笑みをみせるような雰囲気になった矢先、突然の険しい表情の強奏で聴くものに衝撃を与える。最後は合唱のみで3楽章を終える。
Ⅳ. Salvum fac populum tuum “あなたの民をお救いください”
第2楽章によく似ている構成になっている。ただし、2楽章では独唱のみであったのに対して4楽章では独唱に合唱が呼応するようになっている。Gの和音でフェルマータを迎えた後、再びハ長調の冒頭のメロディーが轟く。最後は1楽章でも歌われたメロディーで「主よ、我らの上にあなたの憐れみをお示し下さい。我らがあなたにお望みをおきましたように」と唱えられて5楽章に続く。
Ⅴ. In te, Domine,speravi “主よ、あなたに望みます”
「主よ、私はあなたに望みをおきました。私は永遠におじまどうことはないでしょう」と繰り返されるだけである。最初は独唱によって明るく美しく歌われる。そしてトゥッティで⼒強く総休⽌したあと、フーガが開始される。これは交響曲第7番2楽章の旋律との関連性が指摘されている。やがてトロンボーンとチューバの伴奏に⽀えられてコラールのようになる。そしてそのコラールも独唱によって発展したあと、不気味な響きを伴うようになる。
合唱のソプラノによってFis-Gis-A-Bという順に⾮常に⾼い⾳が持続されるのである。この不気味な緊張感が最⼤に達したとき、ついに2拍⼦となって「永遠におじまどうことはない(non confundar in aeternum.)」と最強奏で合唱により歌われる。そうして管弦楽の伴奏も加わって⾼らかなトランペットの響きとともにCの最⾼⾳に到達し、輝かしく盛⼤に幕が降ろされる。
楽器編成:独唱(ソプラノ、アルト、テノール、バス)、混声四部、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、弦五部、オルガン
参考文献:根岸一美/渡辺裕 監修『ブルックナー/マーラー辞典』(1998年、東京書籍)
解説:楽事委員⻑ 千葉雄仁
ブラームス / 交響曲第三番
ヨハネス・ブラームス(1833~1897)は、生涯に4つの交響曲を残した。交響曲第3番が作曲されたのは、交響曲第2番から6年後の1883年である。この6年間にブラームスは、ヴァイオリン協奏曲、《大学祝典序曲》、《悲劇的序曲》、ピアノ協奏曲第2番といったオーケストラ曲を作曲していた。50歳のとき、ブラームスは夏にヴィースバーデンへ避暑に出かけ、交響曲第3番を完成させたが、作曲過程についての記録はあまり残っていない。
ブラームスは、当時ワーグナーと対立していた保守的な立場であり、ワーグナー陣営から悪意に満ちた批評を受けることもあった。しかし、この曲は好評であり、その様子はウィーン初演の記録からわかる。初演の際にはワーグナー陣営の人々が妨害しようとしたものの、演奏が終わるとこの曲を支持する拍手が圧倒的に多かったのだ。
そして、この曲には頻繁に用いられる大切な動機がある。それが冒頭で管楽器によって提示される「F-As-F」である。これは、ブラームスのモットーである「Frei aber froh(自由に、しかし喜ばしく)」の頭文字だといわれており、この動機は交響曲を鮮やかに強く印象付けるものとなっている。なぜなら、この交響曲はヘ長調(F-dur)であるのにも関わらず、動機に含まれる「As」の音はヘ短調(f-moll)であるからだ。つまり、この動機の存在によって長調と短調を繰り返し、葛藤を思わせるのである。また、この作品はこのような工夫に富んだ曲であるが、ブラームスの古典主義的な作品の一つといえる。それは均整の取れた形式であることからわかり、特に各楽章の演奏時間は相対的に等しくなっているのである。
交響曲第3番は、彼の4つの交響曲の中で最も演奏時間が短く、すべての楽章が華やかに終わらず弱音で終わるため、プログラムのメイン曲として選曲されづらい。演奏頻度が低くなってしまう作品であるが、この曲ほど壮大さの中に、ブラームスの緻密さや音楽の可能性が広がっている曲はないのではないだろうか。
第一楽章 Allegro con brio F-dur
提示部が最も大規模となるソナタ形式の楽章である。壮大で活気のあるメロディに思えるが、先述した基本動機を用いており、長調と短調を繰り返している。ゆえに、特にこの第一楽章では葛藤など人間らしさを感じることができるだろう。まず、金管が基本動機を鳴らした後、最後の音に重ねてヴァイオリンが第1主題を情熱的に演奏する。このときヴァイオリンが下降形の基本動機を演奏しているのに対し、低音楽器は上行形の基本動機を演奏しており、まさに葛藤が表れている。
緊張がおさまり推移部に入ると、管と弦が応答するような旋律を豊かに奏で合う。そして、イ長調に変化した後、拍子は4分の9になりクラリネットによる東方的な第2主題が登場する。この旋律はヴィオラとオーボエにとられ、木管は対位法を用いる。すると弦楽器により新たな旋律が演奏されるも2小節で終わり、木管が強拍点のずれた分散和音を演奏する。木管の動きが活発になり、弦が高揚すると提示部はクライマックスを迎え、展開部へ移る。
展開部に入ると間もなくチェロを主体とした第2主題へ進んでいく。ここでは、主題は強拍を掴んで演奏されるようになるものの、伴奏がシンコペーションを用いており焦燥感が強くなる。次第に曲は明るく広大になり、ホルンによって基本動機が演奏される。テンポがゆっくりになり第1主題がユニゾンで暗示される。テンポが重々しくなるとたちまち曲は冒頭に戻り再現部へと進む。ここからの再現部はおおよそ提示部と同じように進んでいく。最後には、第1主題とその拡大によって回想的な気分に入り、穏やかに楽章を締めくくる。
第二楽章 Andante C-dur
緩徐楽章である第2楽章は、ソナタ形式を下敷きとした三部形式となっている。この楽章では、トランペットのような激しい楽器は用いられず、平穏でゆったりした雰囲気で構成されている。まず、冒頭にはクラリネットとファゴットによって牧歌的な第1主題が歌われる。その中には第1楽章でも用いていた基本動機が使われている。また、エコーのように入ってくる弦楽器もその動機を模倣する。主題を4回提示した後、オーボエの二重奏により主題の分割と変奏に導かれ、2つの動機が同時進行する複雑な様子に変化する。
しばらくすると、クラリネットとファゴットにより安らかであり、寂しさを含んだ第2主題が現れる。しかし、のどかな様子はずっとは続かず、やがて弦楽器を中心として展開部にて盛り上がりを見せる。ここではヴァイオリンがシンコペーションを用いるなど、もどかしさを持ちつつ情熱的になっていくが、変形された主題にて断絶される。そこからは木管楽器により主題が奏でられ、第3部が始まる。のちに弦楽器を含み一度盛り上がりを見せるものの、再びクラリネットにより主題が繰り返され、この楽章は静かに終わっていく。
第三楽章 Poco allegretto c-moll
この楽章は三部形式である。また、ここでは伝統的なスケルツォではなくアレグレットで、珍しくハ短調が用いられている。そして、この曲では第2楽章よりもさらに縮小された楽器編成で構成されている。冒頭は、この曲でもっとも有名であろうチェロの主題によって始まる。このメロディは哀愁に満ちており、その理由は特徴的なフレーズ構成と和声リズムの作り方による。この主題は次にヴァイオリンに引き継がれ、チェロとの対位法へと発展していく。
続いて木管、ホルンが主題を歌った後、イ長調になり第2部へと入る。ここでは木管の弾むような主題を中心に進んでいく。ヴァイオリンの新しいメロディが現れると、木管が第1部の主題を断片的に暗示する。そこでホルンが主題を演奏し始め、第3部へと移行する。この主題はオーボエ、ヴァイオリンと続いていくが、最後は消えるように静かに終わる。
第四楽章 Allegro f-moll
この楽章はソナタ形式であるが、提示部と展開部の間に繰り返し記号はない。そして、この楽章はf-mollで始まりF-durで終わる。これは、交響曲第1番での調変化と同じであるが、第1番のように「苦悩から勝利へ」を表しているわけではない。この第3番では「勝利」ではなく、「回帰」による「連関の成就」であるといわれている。まず、冒頭では弦楽器とファゴットのみによってユニゾンで主題が表される。「sotto voce」という記号により、声をひそめたように静かで荘厳な様子で始まる。そして、しばらくするとトロンボーンにより厳かなメロディが演奏される。これは、第2楽章で一度しか出現せず再現されなかった第2主題を変形したものである。これが第4楽章で演奏されることで、基本動機以外での各楽章のつながりが現れている。
その後、第1主題を用いながら激化していく。やがてハ長調で第2主題が始まり、チェロとホルンによって勇敢で推進力のあるメロディが奏でられる。それは盛り上がり、やがてハ短調になり激しさを増す。激しさが一気に落ち着きを見せると、木管が第1主題を演奏し展開部へ突入する。この主題は細分化して扱われた後、トロンボーンで演奏されたコラール風の旋律が展開される。最後に印象的に基本動機が現れ、再現部へ導かれる。再び第2主題がヘ長調で演奏され、木管による第1主題の断片が奏でられると、曲は一気に落ち着きを見せ悠然と進む。
コーダ部ではウン・ポコ・ソステヌートとなり、調もヘ長調に落ち着く。ここでは木管によって第1主題が演奏され、基本動機が繰り返される。交響曲の始めと終わりに動機が用いられることで、回帰が感じられる。さらに、この楽章の最後には、弦楽器が第1楽章の第1主題を思い出させるように演奏する。第1楽章で表されていた葛藤は最後には浄化され、曲は静かに消えるように幕を閉じる。
楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部。
参考文献:ウォルター・フリッシュ(天崎浩二訳)『ブラームス 4つの交響曲』1999年、音楽之友社。野本由紀夫『ブラームス 交響曲第3番ヘ長調作品90』2023年、全音楽譜出版社。ハンス・A・ノインツィヒ(山地良造訳)『大作曲家 ブラームス』2001年、音楽之友社。門馬直美『作曲家別名曲解説ライブラリー ブラームス』2009年、音楽之友社。
解説:コンサートミストレス 久保千星